昨日は航空機向けの気象観測の勉強のために羽田空港にある、
気象庁の東京航空地方気象台に行ってきました。
気象台の入っているビルはSKY MARKの駐機するスペースの目の前にあって、窓からは飛行機が見えます。
ここは飛行機のパイロットのための気象観測や天気予報をやっている、特殊な気象台です。観測結果や飛行場のピンポイント予報は、例えば以下のようなウェブサイトで公開されています。
東京/羽田 の METARとTAF
南極ではヘリコプターによる物資輸送や人員輸送のために
航空機が来ることがあり、そのパイロットに気象担当は観測結果などの
情報を伝えます。
そこで、航空機専用の観測や予報の勉強のために、羽田に行って勉強してきました。
雲の観測自体は気象台で何年か経験があるのですが、
飛行機向けの雲観測はそれとは若干異なる部分があって、
新たに覚えなくてはいけないことがいくつかありました。
南極に出発する前までに、少し練習しておかないといけません。
折角の機会なので、観測をやっている現場を見学させてもらいました。
ここでは2人体制で24時間、30分ごとに観測結果を発表しています。
やはり日本で一番大きな空港は忙しいらしく、
厳しい訓練を受けて認められた人しか、ここで働くことはできないそうです。
通常、一つの滑走路に対して観測機器は予備も含めて2つ以上設置してありますが、羽田空港は4本の滑走路があるので、たくさんの観測器が設置してあります。
風の大きさや向きも空港の中でも場所によって若干違うのが面白いです。
羽田空港にはドップラーライダーという風の状態を詳しく調べる機械が特別に配備されています。こちらはその画像。こういうデータをもとに飛行機が安全に離発着できるように支援しているそうです。
最後に、こぼれ話を。
羽田空港の第一ターミナルを歩いていたら、こんな案内板を見つけました。
「航空神社」??
「航空界発展の礎となられた諸々の御霊」を祀っているみたいです。
2013年7月2日火曜日
2013年6月28日金曜日
玉掛作業者技能講習
今日はヘトヘトです。
きょうまで3日間、玉掛作業者技能講習に行ってきました。
玉掛とは工事現場でクレーンを使って重い物資をつり上げる時、
そのクレーンの下で作業です。
今回の講習は前回の小型車両系建設機械特別教育と違い、平和な講習で良かったです。
最初の2日間は学科。眠い目をこすりながら授業を受けました。
内容は中学校レベルの力学や玉掛作業に使う道具、玉掛作業の方法、
クレーンの知識についてです。
2日間の授業後は4択式の試験。と言っても先生が授業中に(事実上)答えを
教えてくれるので、
授業中寝ないで起きていれば合格できるようです。
3日目(今日)は実技と試験。実際にクレーンを使って玉掛作業をします。
6時間の実技を10人でやるので、一人あたりに計算すると30分ですが、
玉掛作業は実習者以外に助手が二人付き、その助手の役割も受講生が
やらないといけないので、他の教習と比べて実習量が3倍になってしまいます。
実習中は声を張り上げ続けていたので、疲れました。
こちらも最後に試験がありますが、助手役の人から少しなら助言を受けることができるので、
少々ミスをしても、ちゃんとやり直せば減点されないようです。
幸い雨でも炎天下でも無かったのですが、それでも熱いし、日差しがあったので、
実習終了後は顔が日焼けで真っ赤になってしまいました。
きょうまで3日間、玉掛作業者技能講習に行ってきました。
玉掛とは工事現場でクレーンを使って重い物資をつり上げる時、
そのクレーンの下で作業です。
今回の講習は前回の小型車両系建設機械特別教育と違い、平和な講習で良かったです。
最初の2日間は学科。眠い目をこすりながら授業を受けました。
内容は中学校レベルの力学や玉掛作業に使う道具、玉掛作業の方法、
クレーンの知識についてです。
2日間の授業後は4択式の試験。と言っても先生が授業中に(事実上)答えを
教えてくれるので、
授業中寝ないで起きていれば合格できるようです。
3日目(今日)は実技と試験。実際にクレーンを使って玉掛作業をします。
6時間の実技を10人でやるので、一人あたりに計算すると30分ですが、
玉掛作業は実習者以外に助手が二人付き、その助手の役割も受講生が
やらないといけないので、他の教習と比べて実習量が3倍になってしまいます。
実習中は声を張り上げ続けていたので、疲れました。
こちらも最後に試験がありますが、助手役の人から少しなら助言を受けることができるので、
少々ミスをしても、ちゃんとやり直せば減点されないようです。
幸い雨でも炎天下でも無かったのですが、それでも熱いし、日差しがあったので、
実習終了後は顔が日焼けで真っ赤になってしまいました。
ラベル:
訓練
場所:
日立建機 埼玉教習センタ
2013年6月25日火曜日
小型車両系建設機械特別教育
2日間かけて、南極で使う重機の運転免許を取得してきました。
出発するまでに3〜4つの資格を取得しようと考えているのですが、
今回はその1つ目。「小型車両系建設機械特別教育」というものです。
この資格は南極で除雪作業をするために使います。
1日目は学科の授業をたっぷり7時間。
2日目は実技を6時間受講しました。
この資格は試験は無く、単純に受講するだけで取得できるので、
非常に楽でした。
この資格では機体3トン未満の重機を操作することができます。
と言われてもピンとこないと思いますが、工事現場などで見る
比較的小さいサイズのショベルカーなどが該当します。
ところで今日の実技中、それまで天気がよかったにも関わらず、
昼過ぎから急に雲が出て怪しい風が吹いてきました。
雨雲レーダーを見ると、すぐ近くに発達した積乱雲が!
あいにく、こんな状態に。
それでも、カッパを着て実技が続きました。
とりあえず、1つ目の資格をゲットしました。
出発するまでに3〜4つの資格を取得しようと考えているのですが、
今回はその1つ目。「小型車両系建設機械特別教育」というものです。
この資格は南極で除雪作業をするために使います。
1日目は学科の授業をたっぷり7時間。
2日目は実技を6時間受講しました。
この資格は試験は無く、単純に受講するだけで取得できるので、
非常に楽でした。
この資格では機体3トン未満の重機を操作することができます。
と言われてもピンとこないと思いますが、工事現場などで見る
比較的小さいサイズのショベルカーなどが該当します。
ところで今日の実技中、それまで天気がよかったにも関わらず、
昼過ぎから急に雲が出て怪しい風が吹いてきました。
雨雲レーダーを見ると、すぐ近くに発達した積乱雲が!
あいにく、こんな状態に。
それでも、カッパを着て実技が続きました。
とりあえず、1つ目の資格をゲットしました。
ラベル:
訓練
場所:
日立建機 埼玉教習センタ
2013年6月23日日曜日
シブヤ大学
シブヤ大学という、誰もが参加できる学び場を運営しているNPO法人があります。
そこで開催された授業、
南極経由、宇宙行き。──南極から宇宙まで、極地とよばれる場所の住まいとその作り方、暮らし方について
に参加してきました。(先月の話ですが。)
スタッフではなく、一市民としての参加です。
もちろん、南極行きの訓練とも関係ありません。
自分の職場には何人もの過去に南極に行った先輩がいるのですが、
これまで、南極で何を考え、何を思い、何を感じたかというような話を
聞いたことがありませんでした。
また、自分とは違った任務で南極に行ったことのある人が、
どういう視点で南極での生活を見ていたのか、という興味もありました。
自分にとって非常に新鮮で、有意義な時間を過ごせました。
少し私見も含めつつ、村上さんのお話をまとめてみます。
----
講師の村上さんは学生時代、建築の勉強をする中で、極地の人々の
暮らしを知りたいと思われたそうです。
極地に行くだけでなく、移住することで分かることもあるのではないか、
そう考えられた村上さんは今から4年前、第50次の南極越冬隊に参加されます。
長い南極生活の中で、村上さんが考えられていたことは、哲学者・ハイデッカーの
「存在と時間」に落ち着いたそうです。
この本の中で書かれているのは、「自分たちの存在とは何か」ということです。
南極で発生するブリザード。
ブリザードの中、屋外にいると、明るいにも関わらず上下左右全てが真っ白で、
何も見えない状況になります。
何も見えない南極で、村上さんは当たり前に存在することなんて、
何も無いと感じられたそうです。
南極では、日本なら当たり前のことも、当たり前ではありません。
南極にも季節はありますが、日本のように四季の変化があまりはっきりとはしていません。
そこで、お花見、祭り、スポーツ大会、誕生日会のようなハレの場を用意します。
曜日や時間を規定するものはありませんので、いつ働き、いつ休むか自由に決めることも可能です。
しかし、隊員に曜日感覚を思い出すために金曜日の昼食には決まってカレーライスが出ます。
こうやって、隊員の生活にリズムをもたせる工夫をしています。
(この話のあと、会場となったレストランで特別に作ってもらったカレーライスを頂きました。)
南極は帰ろうと思っても容易に国内に帰ることができないという意味で
「宇宙よりも遠い」場所です。
こんな場所で日本は50年以上も南極で観測を続けています。
この「続ける」ということに意味があります。
日本の南極観測で地球環境の僅かな変化が分かってきたこともあります。
一番有名なのはオゾンホールの発見ですが、それ以外にも地球温暖化や環境変化などの
新たな知見が生まれています。
----
自分は南極で過ごす中で、どのような価値観の変化が起こるのか、今から楽しみです。
そこで開催された授業、
南極経由、宇宙行き。──南極から宇宙まで、極地とよばれる場所の住まいとその作り方、暮らし方について
に参加してきました。(先月の話ですが。)
スタッフではなく、一市民としての参加です。
もちろん、南極行きの訓練とも関係ありません。
自分の職場には何人もの過去に南極に行った先輩がいるのですが、
これまで、南極で何を考え、何を思い、何を感じたかというような話を
聞いたことがありませんでした。
また、自分とは違った任務で南極に行ったことのある人が、
どういう視点で南極での生活を見ていたのか、という興味もありました。
自分にとって非常に新鮮で、有意義な時間を過ごせました。
少し私見も含めつつ、村上さんのお話をまとめてみます。
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講師の村上さんは学生時代、建築の勉強をする中で、極地の人々の
暮らしを知りたいと思われたそうです。
極地に行くだけでなく、移住することで分かることもあるのではないか、
そう考えられた村上さんは今から4年前、第50次の南極越冬隊に参加されます。
長い南極生活の中で、村上さんが考えられていたことは、哲学者・ハイデッカーの
「存在と時間」に落ち着いたそうです。
この本の中で書かれているのは、「自分たちの存在とは何か」ということです。
南極で発生するブリザード。
ブリザードの中、屋外にいると、明るいにも関わらず上下左右全てが真っ白で、
何も見えない状況になります。
何も見えない南極で、村上さんは当たり前に存在することなんて、
何も無いと感じられたそうです。
南極では、日本なら当たり前のことも、当たり前ではありません。
南極にも季節はありますが、日本のように四季の変化があまりはっきりとはしていません。
そこで、お花見、祭り、スポーツ大会、誕生日会のようなハレの場を用意します。
曜日や時間を規定するものはありませんので、いつ働き、いつ休むか自由に決めることも可能です。
しかし、隊員に曜日感覚を思い出すために金曜日の昼食には決まってカレーライスが出ます。
こうやって、隊員の生活にリズムをもたせる工夫をしています。
(この話のあと、会場となったレストランで特別に作ってもらったカレーライスを頂きました。)
南極は帰ろうと思っても容易に国内に帰ることができないという意味で
「宇宙よりも遠い」場所です。
こんな場所で日本は50年以上も南極で観測を続けています。
この「続ける」ということに意味があります。
日本の南極観測で地球環境の僅かな変化が分かってきたこともあります。
一番有名なのはオゾンホールの発見ですが、それ以外にも地球温暖化や環境変化などの
新たな知見が生まれています。
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自分は南極で過ごす中で、どのような価値観の変化が起こるのか、今から楽しみです。
2013年6月21日金曜日
正式に越冬隊員に
本日、第142回南極地域観測統合推進本部総会という、日本の南極観測の総指揮をしている会議で、正式に南極越冬隊員として選ばれました。
第55次南極地域観測隊員等の決定について(文部科学省HP)
氏名、年齢、所属などが載るのは分かりますが、なぜか現住所まで載っています。
そこは不要な気がします。
私が参加する55次隊の編成や行動計画等は、また後日このブログで改めて紹介したいと思います。
第55次南極地域観測隊員等の決定について(文部科学省HP)
氏名、年齢、所属などが載るのは分かりますが、なぜか現住所まで載っています。
そこは不要な気がします。
私が参加する55次隊の編成や行動計画等は、また後日このブログで改めて紹介したいと思います。
夏期総合訓練5日目(6月21日)
ようやく最終日。この日の朝だけはマラソンはありません。
最後の講義は南極の環境保護について。
南極は南極条約という国際条約によって、色々なものの持ち込みや
持ち出しが厳しく制限されています。
昔は南極では犬ぞりを使う時代がありましたが、今は犬はもちろん
全ての動植物を持ち込むことが禁止されています。
もちろん、南極にいる生物を勝手に取ったりすることも禁止です。
空腹になったからといって、ペンギンを食べてはいけません。
南極に行くのにパスポートは必要ありませんが、南極の立入許可証が
必要だそうです。
とりあえず、観測隊員は早めにこの書類を準備しないといけないそうです。
次の講義に行く前に、ここで観測隊長と副隊長が帰っていきました。
この日の14時からある会議に参加するためだそうです。
その会議の結果はこちら>>正式に越冬隊員に
(なんともあっけない幕切れでした。)
最後の講義は極地研の伊村教授から、外来種持ち込み問題について。
南極は他の大陸から隔離されているため、独自の生態系が形成されています。
そのような場所に観測隊員が行く訳ですから、観測隊員個人個人が
外来種持ち込みのリスクになります。
観測隊員は土や種の付着を全て払ってから南極に行くようにしないといけない
という話を聞きました。
これで、5日間全ての訓練は終了。
みんなでバスに分乗して東京へ帰りました。
ただし、一部の人はこのあと長野県菅平で訓練が続くということで、
車で長野県に連行されていきました。
最後の講義は南極の環境保護について。
南極は南極条約という国際条約によって、色々なものの持ち込みや
持ち出しが厳しく制限されています。
昔は南極では犬ぞりを使う時代がありましたが、今は犬はもちろん
全ての動植物を持ち込むことが禁止されています。
もちろん、南極にいる生物を勝手に取ったりすることも禁止です。
空腹になったからといって、ペンギンを食べてはいけません。
南極に行くのにパスポートは必要ありませんが、南極の立入許可証が
必要だそうです。
とりあえず、観測隊員は早めにこの書類を準備しないといけないそうです。
次の講義に行く前に、ここで観測隊長と副隊長が帰っていきました。
この日の14時からある会議に参加するためだそうです。
その会議の結果はこちら>>正式に越冬隊員に
(なんともあっけない幕切れでした。)
最後の講義は極地研の伊村教授から、外来種持ち込み問題について。
南極は他の大陸から隔離されているため、独自の生態系が形成されています。
そのような場所に観測隊員が行く訳ですから、観測隊員個人個人が
外来種持ち込みのリスクになります。
観測隊員は土や種の付着を全て払ってから南極に行くようにしないといけない
という話を聞きました。
これで、5日間全ての訓練は終了。
みんなでバスに分乗して東京へ帰りました。
ただし、一部の人はこのあと長野県菅平で訓練が続くということで、
車で長野県に連行されていきました。
2013年6月20日木曜日
夏期総合訓練4日目(6月20日)
4日目の朝は晴れました。
ラジオ体操と、2日目の朝よりはスローペースのジョギングで朝がスタート。
最初の講義は、極地研究所の白石所長から日本の南極観測の歴史について。
日本の南極観測は太平洋戦争後の日本の希望の光の一つだったようです。
湯川秀樹のノーベル賞受賞、フジヤマのトビウオといわれた競泳・古橋選手
の大活躍と並んで、日本国民を盛り上げた様です。
当初、日本の南極観測は6年ほどで終わる予定だったようですが、
この国民的な盛り上がりが日本の南極観測の継続を支援したようです。
所長からの講義の後は、この訓練のメインテーマである、
夏作業の打ち合わせです。全員で各担当の作業を確認し、
支援の内容を理解するという流れでした。個人的には、もっと具体的にどの作業を誰が支援するのかと思っていましたが、
実際の調整は今後個別に行うようです。
最後の夜は懇親会。酒がずらっと並びます。
詳細は省略しますが、朝2時ぐらいまで続いたようです。
【続く】夏期総合訓練5日目(6月21日)
ラジオ体操と、2日目の朝よりはスローペースのジョギングで朝がスタート。
最初の講義は、極地研究所の白石所長から日本の南極観測の歴史について。
日本の南極観測は太平洋戦争後の日本の希望の光の一つだったようです。
湯川秀樹のノーベル賞受賞、フジヤマのトビウオといわれた競泳・古橋選手
の大活躍と並んで、日本国民を盛り上げた様です。
当初、日本の南極観測は6年ほどで終わる予定だったようですが、
この国民的な盛り上がりが日本の南極観測の継続を支援したようです。
所長からの講義の後は、この訓練のメインテーマである、
夏作業の打ち合わせです。全員で各担当の作業を確認し、
支援の内容を理解するという流れでした。個人的には、もっと具体的にどの作業を誰が支援するのかと思っていましたが、
実際の調整は今後個別に行うようです。
最後の夜は懇親会。酒がずらっと並びます。
詳細は省略しますが、朝2時ぐらいまで続いたようです。
【続く】夏期総合訓練5日目(6月21日)
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